
場所 春日井市六軒屋町三ッ又ふれあい公園 詳しい地図1
詳しい地図2
生地川ふれあいの会

写真提供 3丁目 清水 光好様 文提供 4丁目 水谷 忠成様
二千年の眠りからさめた
『 大賀ハス』 の由来
昭和七年、千葉県滑川付近、長沼川の河川工事中に奈良時代と推定されるひとつの須恵器の壺が発見されました。その壺の中には泥と蓮の実が一杯入っていました。その一粒が昭和二十五年大賀博士の手に渡りました。同年六月一日に発芽したが、残念な事に五十日目に枯死してしまいました。
昭和二十五年の暮れ、大賀博士は武蔵野市吉祥寺井ノ頭自然文化園で、陳列されていた検見川出土の丸木舟の破片や蓮の果托を見る機会に巡り会いました。今までの経緯を考え合わせ「検見川の丸木舟出土地を掘れば、蓮の実が出る。発掘してみよう。」と大賀博士は決心しました。
翌年の昭和二十六年、奇跡的に大賀博士によって三粒の蓮の実が発見されました。場所は現在東京大学検見川総合運動場の地下四・八メートルの地点で、昭和二十六年三月三十日に一粒、それから一週間後の四月六日に二粒が発見されました。
実に、日数五十日、延べ人員二千五百人と多くの人々の善意と経済協力、又,労働奉仕により歴史的な発掘が成され、昭和二十六年五月九日、蓮の実一粒が二千年の眠りから覚め発芽しました。
その後昭和二十九年に千葉県の天然記念物に指定を受け、その名称は「大賀ハス」と告示されました。
三ツ又公園の「大賀ハス」の由来
昭和五十四年
岐阜県羽島市は(蓮根)の伝統的生産地であることから、昭和五十四年市制施行二十五周年と東海道新幹線岐阜羽島駅の開設十五周年の記念事業として、千葉市より譲り受けて増殖。
昭和六十一年四月
春日井市農業センターが岐阜県羽島市より譲り受けた。
昭和六十二年
市農業センター移転に伴い農業センター池から約百五十株を潮見坂平和公園調整池に移植。
平成元年
三ツ又ふれあい公園へ「文化を育てる会(現・生地川ふれあいの会)」が約十株譲り受け現在に至る。
平成十五年愛知万国博覧会準備として長久手町へ数十株譲渡。
平成十六年五月吉日
六軒屋町 『生地川ふれあいの会』